Gray-mama’s blog

発達障害グレーゾーンの子育てブログです。

Gray-mama‘s biog

幼少期のこと

私のブログの内容とは、関係がないと言えば関係ないのですが、先日、私のブログの開始とともに、LittleGleeMonsterの芹奈さんがADHDであることと、双極性障害であることを発表されました。「どんな時でも自分らしくいる事が大切なのではないか。隠すことなく恥じることなく。私の姿がどこかの同じ誰かの1秒でも1日でも救えたら。その思いで発表することをきめました。」同じ病気を抱えている方たちに少しでもお力になれればという強い思いで、病名と現状を公表することを決断されたそうです。

なんだかとても共通点が多く、心からエールを送りたい気持ちになりました。

無理をせずに自分のペースで回復されることを願いたいと思います。

元気になってまた、5人の歌を聞かせてほしいと思います。

 

 

ちょっと話がそれたところから始まってしまいましたが、Grayちゃんの幼少期の事を書いていきたいと思います。

Grayちゃんは2006年の早生まれです。

生まれたときは体重3265g身長51cmの少し大きめな赤ちゃんでした。

生後3カ月ごろから保育園に通い始め、生後6か月ぐらいまでは、順調に発育していきました。

6か月をを迎える夏ごろ、睡眠時間も定まってきて、夜にしっかりと寝てくれる子でした。もちろん仕事をしていたので、夜にしっかりと寝てくれることは本当にありがたかっです。ある日保育園に迎えに行ったときに先生に夜中にも起こしてミルクを飲ませて下さいと言われました。

順調に発育していて、夜もしっかりと寝てくれていたことと、私自身が2人目の子育てだったこともあり、わざわざ夜中に起こす必要はないのではないかと、先生の言葉を受け入れられず、わざわざ起こすことはせずに寝かせていました。

すると、何日かして熱を出したのです。病院に連れていくと、脱水症状になりかけています。このままでは入院になるかもしれませんと言われました。

幸い、水分を口からとれたことと、熱も長くは続かなかったもあり、入院は免れました。

後からわかったことですが、昼間のおしっこの量が少なかったことで、保育園の先生は脱水症状を疑っていたということでした。たった2人の子育ての経験値と、保育のプロの経験値は、段違いなものなのだと見せつけられました。

疲れには勝てず、せっかくいただいたアドバイスも無駄にしてしまい、この経験は今でも後悔しています。

なぜかたくなに大丈夫と思ってしまったのか、今となっては自分でも不思議です。

ただ、やっぱりプロの視点というのは、素人とは違うものなのだと思いました。

このことがあってからの発育は緩やかになってしまい、身長も体重も成長曲線の一番下、ぎりぎりのところをたどる形での成長になってしまいました。体が小さいためか、体力もありません。

このことが原因なのかはわかりませんが、以前に比べるとミルクの飲みも悪くなりました。

保育園は混合保育で年齢の垣根がなかったため、Grayちゃんが小さいとは感じていませんでしたが、幼稚園に行くと、学年で一番小さかったです。

冒頭で書いたとおり、Grayちゃんは早生まれなので、それほど気にしていませんでしたが、結局小中学校の9年間も学年で一番小さかったです。

一番小さい子がうちの子だよと説明もしやすかったですし、なにより、一番前に並ぶことが多く、ビデオが撮りやすい!!

一番前で先生が邪魔...なんて時もありますが(;^_^A

周りのお友達も小さいGrayちゃんをとてもかわいがってくれていました。

幼稚園の面談で、「Grayちゃんは作業の進みが遅くて、周りの子が待てずにGrayちゃんの作業をやってまうので、おうちではあまり手伝わないようにしてください。」と言われたことがありました。幼少期から苦手なことも多かったのだと思いますが、早生まれなことと、小さいからできなくても仕方がないと周りが思ってしまっていたのだと思います。

同じようなことは家でもあって、祖父母も父親も先回りしてなんでもやってあげてしまうのです。

Grayちゃんはやってもらって当たり前。本当に我が家のお姫様でした。

周りがなんでもやってあげてしまうため、何が苦手なのかもわかっていませんでした。

 

早生まれだし、そのうちできるようになるよね~

 

合言葉のように暗示にかかっていたと思います。

 

昭和の時代とは違い、学校や幼稚園の先生が、発達障害の疑いがあると思っていても、親には言わない時代です。

私のよう無知な親では全然気付けませんでした。

早生まれなことも発見を遅らせる要因だったと思います。

 

幼稚園の時代は発達障害を疑うことはありませんでした。

かわいいかわいい幼稚園時代でした。

小さくて軽いため逆上がりが得意で、何度もくるくると回る空中逆上がりをみせてくれていた姿が懐かしいです。

 

次回は小学校低学年のころを書いていきたいと思います。